TimeMap

TimeMap / ガイド

メッセージの履歴を見返しても、その日がどんな一日だったか分からないのはなぜか

二年前のどこにでもある水曜日まで、メッセージアプリをさかのぼってみる。カメラロールと違って、何かしらは出てくる。けれど出てきたものを読んでも、その日がどんな一日だったかはたいてい分からない。誰と連絡を取っていたか、だいたい何時ごろかは分かる。そのメッセージとメッセージの間にあった時間に何をしていたかは分からない。一日の大半は、誰にも文字で伝えていないからだ。

履歴は相手ごとに整理されていて、日付ごとではない

メッセージアプリを開いて最初に目に入るのは、日付の一覧ではなく相手の一覧だ。この一つの設計が、この記録が何に向いているかを静かに決めてしまっている。ある水曜日を再構成しようとすると、その日に何か書かれていそうなスレッドを片っ端から開き、それぞれを該当する時間までスクロールし、断片を自分でつなぎ合わせることになる。それは一日を読むというより、部分的にしか知らない証人を何人も呼んで、彼らの証言を合わせればその時間帯がカバーできるはずだと期待するような作業だ。

記録はその逆を初期設定にしている。誰と、ではなくいつ、を軸に整理されるので、一日はすでに一か所にまとまっている。その日と関わったすべての会話に散らばっているわけではない。

一日の大半は、誰にも伝えられていない

メッセージを送るという行為は、誰かと一緒に行うものだ。つまりそれが残るのは、一日のうちわざわざ言葉にするほど誰かと関わった部分だけになる。一人で二時間かけて資料を作っていたこと、気分転換に出かけた散歩、一人で観たドラマ、これといって何もなかった長い時間――どれもメッセージにはならない。受け取る相手がその場にいなかったからだ。メッセージの履歴は、たまたま他人も登場する日記ではない。連絡した事実の記録であり、連絡は一日のうちの一部分、たいていは小さいほうの部分にすぎない。

抜け落ちるものは、たいてい同じ顔ぶれだ。

  • 一人でしていたこと。多くの平日で、実はいちばん大きな割合を占めている。
  • 実際にどう進んだかということ。あとで誰かに送った一行の報告とは別物だ。
  • わざわざ誰かに言うほどでもないと感じて、伝えなかったこと。
  • 物事が起きた順番。「今出る」から二時間の空白があって、次に「今着いた」に飛ぶようなスレッドでは分からなくなる。
  • その日メッセージは送ってこなかったが、午後をまるごと一緒に過ごした人。

メッセージが記録するのはたいてい予定であって、事実ではない

「今出る」「7時にね」「今やってる」――残るのはこの手のメッセージで、それぞれはこれから起きることか、誰かがそう望んでいることを述べているだけで、実際にそうなったという確認ではない。予定は文字にされるが、結果はよほど報告する価値があるほど何かがうまくいかない限り、たいてい文字にされない。スレッドを読み返すと、何が約束されていたかは正確に分かるのに、実際に何が起きたかはずっと薄くしか分からない。一年後に思い出したいのは予定ではなくその日そのものなので、これは別の話になる。

記録は互いに連携しない複数のアプリに散らばっている

一日分の連絡が一か所にまとまっていることはめったにない。あるものはメッセージアプリに、あるものは別のチャットアプリに、あるものは文字の記録が一切残らない電話に、あるものはどこかの写真へのコメントに残っている。一日をゼロから再構成しようとする人でさえ、四つの別々のアプリを開いて、それぞれがそこまで古いデータをまだ持っていることを願うしかない。しかもアプリの乗り換えや、削除したスレッド、三年前になくした携帯電話は、その一続きの連絡の記録をまるごと永久に持ち去ってしまうことがある。これはどのアプリの欠陥でもない。一日の記録が、そのとき何かを言いたくてたまたま開いていたツールに散らばっているとき、当然こうなるというだけのことだ。

メッセージの履歴が得意なこと、苦手なこと

だからといってメッセージの履歴が無意味なわけではない。ある予定が確かに立てられたこと、ある会話が確かにあったこと、あることが確かにその日に言われたことを証明できるのは、たいていメッセージの履歴だけであり、その点では記憶よりずっと頼りになる。ただ、それが最初から答えるようにはできていない問いがある。「自分のその日が実際どんな中身だったか」だ。履歴が記録するのは、いつでも誰か宛てに発された部分だけだからだ。一人での作業や家事、静かな時間が大半を占める一日は、それがどれだけ充実していたとしても、そこにはまったく残らない。

TimeMapについて

これが、相手をその場に必要とせずに、一行の記録が埋めてくれる空白だ。TimeMapは、その瞬間に誰かが関わっていたかどうかを気にしない。一人で資料を仕上げたという一行も、友人との電話という一行も、同じように扱われ、色をつけて、あとから開き直せるカレンダー上のその日に記録される。誰かに送る必要はない。それだけで記録として成立する。二つの期間を並べて読み直すことも、ある期間のAIレビューを読むこともできる。だから一週間が実際どんな中身だったかは、その期間にどれだけの人とメッセージをやり取りしていたかに左右されずに残る。