TimeMap

TimeMap / ガイド

カメラロールを見返しても、その日何をしていたか思い出せないのはなぜか

「わざわざ書かなくても、写真が何千枚もあるから大丈夫」と思ったことがあるかもしれません。試しに、八か月前のどこにでもあるような火曜日を、カメラロールだけで思い出してみてください。出てくるのはせいぜい一枚か二枚で、しかもどちらもその日がどんな一日だったかまでは教えてくれません。

カメラロールは記録ではなく、ハイライトだけ

一日をまるごと撮る人はいません。撮るのは、その瞬間に「撮っておく価値がある」と感じたものだけです。おいしい食事、景色、友人の顔、子どもがしたこと。それ自体は残す価値のあるものですが、起きている十数時間のうち、たった数十秒だけを切り取った、かなり偏ったサンプルでもあります。

偏りには方向があります。退屈している自分、苛立っている自分、問題にはまって動けない自分、何度目かの洗濯物をたたんでいる自分を撮る人はまずいません。カメラが出てくるのは調子のいい数分間だけで、その前後にある長い時間のためではありません。カメラロールは美しいもの、人がいる場面に偏り、地味で一人きりの、その日の大半を占めていたはずの時間からは自然と遠ざかります。

何が抜け落ちているか

一か月分の写真を開いて、写っていないものを数えてみてください。

  • ホワイトボードの写真の前にあった、三つの打ち合わせ。
  • 前日とほとんど同じに見えた、なんでもない平日。目新しさがないので、そもそも撮る理由がありません。
  • 下した決断。写真は机の前に座っていたことは示せても、そこで何を決めたかまでは示せません。
  • フレームの中の自分ではなく、そのときの本当の状態。写真が捉えるのは調子のいい一瞬で、その前後にある疲れではありません。
  • 一人でしていた、撮るものが何もない作業。事務処理や集中して進めていた仕事の大半がこれにあたります。

これは写真というもの自体の欠点ではありません。カメラは記録用に作られたものではなく、瞬間を残すためのものであり、その仕事はきちんとこなしています。問題が出てくるのは、数か月後になって、それが本来引き受けていない別の仕事——ごく普通の一日に何が入っていたかを教えること——を期待したときです。

写真は点、一日には線が必要

よく撮れた写真にも、生まれつきの弱点があります。それは孤立していることです。何かが起きたことは示せても、その前に何があったか、後にどうなったかは示せませんし、文字のように検索することもできません。「あの仕事を引き受けると決めた日」をカメラロールから探してみてください。その日の午後にたまたま何も撮っていなければ、その日はもう戻ってきません。ぼんやりしているのではなく、手がかりごと消えています。

書いた一行にはこの弱点がありません。そもそも「見た目として撮る価値があるか」という前提を必要としないからです。「あの件を引き受けると伝えたら、少し黙っていた」——これを書くのに四秒もかかりません。カメラも、いい角度も、写真映えする瞬間も必要ありません。必要なのは何かが実際に起きたことだけで、それはフォトジェニックかどうかに関係なく、毎日成り立っています。

TimeMapについて

TimeMapがしているのはだいたいこれです。カメラが拾わなかった部分を一行の文字にして、写真の代わりに色をつけ、実際に撮った写真と同じ日に並べておきます。見栄えは要りません。本当のことであればそれで十分です。カメラロールは、撮る価値があった瞬間を残してくれます。それ以外の——写真らしく見えたことは一度もないのに、その日の大半を占めていた——部分は、この一行が残します。