表計算ソフトと日々の記録、何が違うのか
自分の一日を記録してみようと思ったとき、最初に開くのはたいてい表計算ソフトです。日付の列、内容の列、あれば時間の列。すでにパソコンに入っていて、無料で、いちばん素朴で誠実な始め方に見えます。二週間続けば良いほうです。続かなくなる理由は、たいてい根気の問題ではなく、表計算ソフトという道具がそもそも別の目的のために作られていることにあります。
表計算ソフトが得意なこと
公平のために言っておくと、表計算ソフトには良いところがあります。学習コストがなく、アカウント登録も不要で、ファイルがあるだけです。列は好きなように増やせるし、並べ替えも自由で、構造を誰かに押しつけられることもありません。記録したいものが本当に数値なら——支出、体重、読んだページ数——表計算ソフトはいまでも正しい道具で、以下の話はそれを否定するものではありません。
崩れていくところ
スマホで、正しいセルを探して入力する
表計算ソフトはキーボードと広い画面を前提に作られています。何かが起きたその瞬間に記録しようとすると、スマホを取り出し、アプリを開き、今日の行までスクロールして、隣のセルを押し間違えないよう気をつけながら正しいセルをタップする、という手順が必要になります。一回なら大した手間ではありません。それが一日に何度も繰り返されると、その積み重ねがいつの間にか習慣を止めます。
開始と終了の列が、記憶ではなく計算を要求する
開始時刻と終了時刻の列がある時点で、時間の列を自分で作らなくても、頭の中で引き算をすることになります。すると書くたびに、思い出す前にまず計算が入り込みます。焦点も自然と「その時間に何があったか」から「どれくらいの時間だったか」へとずれていき、あとに残るのはたいてい、本当に残したかったものではない数字です。
空欄は何も語らない
ある日記録し忘れると、その行は空のまま残ります。あとから見返しても、その日何もなかったのか、単に書き忘れただけなのか区別がつきません。空欄が何も意味しないなら、いちばん意味を持ってほしい場面で、空欄は何も教えてくれないことになります。
行は合計するためにあり、読み返すためにはない
表計算ソフトの設計はすべて「計算」に向いています。合計する、平均を出す、グラフにする。数字に対してならそれで構いません。自分の人生に対してとなると、少し奇妙です。半年前のシートを開いても、そこにあるのは日付と短い語句が並んだ格子で、進んで座って読みたくなるようなものではありません。読み返されない記録は、セルの中身がどうであれ、すでに役目を終えています。
本当の違い
表計算ソフトはその構造からして、開始、終了、時間、合計という方向に人を誘導します。それは表の形をした時計にすぎません。日々の記録にそうした列は必要ありません。答えようとしている問いが「どれくらい」ではなく「何を」だからです。時間の計算を丸ごと外してしまえば、上に挙げた面倒の大半も一緒に消えます。引き算するものがなく、意味を持つ空欄も生まれず、月末に合計を出す必要もありません。
TimeMapが向いていること
TimeMapはほぼこの考え方だけで作られています。何かが起きたその瞬間に、一行とカテゴリの色を残す。開始時刻も終了時刻も入力しません。そもそも時間という項目自体が存在しないからです。記録は自動でカレンダーのその日に収まり、あとから好きな日を開いて読み返せます。二つの期間を比べたいときは、合計を出すのではなく、並べて読みます。月末に締めたり帳尻を合わせたりする必要はどこにもありません。集計するためではなく、読み返すために作られています。
本当に数字として残したいものがあるなら、表計算ソフトを使い続けて構いません——予算でも、トレーニングの重量でも、読んだ文字数でも。ただ、同じシートに一日の残りの部分まで背負わせないことです。それはもともと、列を増やして解決できる種類の問題ではありません。