服薬は記録すべき?
リマインダーアプリは決まった時間に震え、チェックマークを待っている——飲んだか、飲まなかったか。それは途切れないよう気をつけるべき連続日数にも積み上がっていく。だから今日の記録を書こうとして、飲んだ薬のこと、あるいは飲み忘れたことに触れようとすると、運動や買い物のレシートのときと同じためらいが顔を出す。これはもうアプリが記録している、しかもパーセンテージ付きで。それなのに、一行の文章に何を付け加える余地があるのか。
チェックマークはその日の記録ではない
リマインダーアプリは確かに意味のあることをしている——決まった時間割を通知に変え、通知を月ごとのパーセンテージに変えて、どれだけ守れたかを教えてくれる。だがパーセンテージが語るのは「指示通りにできたか」であって、「その日が実際どんな日だったか」ではない。火曜の朝8時の分を時間通り飲んだことは分かっても、渋滞にはまって40分遅れたことまでは分からない。飲んだ一時間後に手の震えがここ数日でいちばん収まっていたことも、検査の前だからと医師に言われて夜の分をあえて飲まなかったことも、パーセンテージには残らない。それは服薬の遵守を描くために作られていて、一日を描くためのものではない。
服薬を連続記録として扱う落とし穴
多くのリマインダーアプリは、習慣アプリの言葉づかいをそのまま借りている——炎のアイコン、連続何日目という数字、途切れた日にはしぼんで見える表示。運動アプリや語学アプリでこの仕組みが使われるなら、対象はまだ「やらなくてもいい」ものだ。ところが服薬にこの仕組みを当てはめると、眠り込んでいたから、吐き気があったから、あるいは処方の受け取りが数日遅れたから飲めなかった一回が、画面の上では自分との約束を破ったのとまったく同じ見た目になってしまう。日々の記録には、そもそも途切れる連続日数というものがない。消える炎も、下がるパーセンテージも、6日分の空欄があるからといって「その月は失格」になることもない。飲み忘れは、ただその日に起きた一つの出来事として書けばいい。
チェックマークにはない、一文だけが残せるもの
「今日も薬を飲んだ」はほとんど毎日当てはまり、その日について何も説明しない。それが新しい量に変えた最初の週だったことも、あらかじめ言われていた軽い頭痛が実際に昼ごろ出たことも、一か月ぶりにぐっすり眠れたことも、この一文は知らない。記録の一行なら、こう書ける。今日から量を増やした。午後は少しぼんやりしたけれど、頭痛は今回は出なかった。チェックを一回押すより時間はかかるが、三か月後に医師から「いつ頃から変わり始めたか」と聞かれたとき、答えになるのはこの一行だけだ。
毎回書く必要はない
だからといって、一錠ごとに一行書く必要はないし、健康アプリのように服薬専用のカテゴリーを作る必要もない。眠れなかった夜や頭痛を書くのと同じ感覚で、その日の話として本当に意味があるときだけ書けばいい。安定した量でいつも通りに過ぎた日は、記録を途切れさせないためだけに一言添える必要はなく、省いても何も失われない。一日も欠かさず正確に記録すべき部分は、リマインダーアプリのほうがすでに静かに引き受けている。
一文書く価値があるとき
本当に書く価値があるのは、新しい薬を初めて飲んだ日、副作用が出た日やようやく消えた日、医師と方針を見直した週、それまで難しかったことがいつの間にか難しくなくなっていたと気づいた日だ。こうした記録が後になって意味を持つのは、その薬自体が特別だったからではなく、その頃に何を食べていたか、どれくらい眠れていたか、変化がほかの何かと重なっていなかったか——そういう周りの出来事を一緒に残しているのが、記録だけだからだ。正確な日付が「たしか今年の春頃」に薄れてしまったあとでも、その一行は残る。
- 毎日のチェックは省いていい。飲んだか飲まなかったかは、リマインダーアプリがすでに正確に把握している。記録がそれを繰り返す必要はない。
- いつも通りではなく、変化を書く。新しい薬、量の変更、初めて休んだ日は書く価値がある。普段通りの一日はたいてい必要ない。
- 感じたことを自分の言葉で書く。「午後は少しぼんやりした」は、症状のスコアよりもあとになって役に立つ。
- 飲み忘れは事実であって、反省文ではない。「夜の分を忘れて、真夜中に思い出した」で記録としては十分。途切れた連続日数について説明する必要はない、そもそも途切れさせるようなものではないのだから。
TimeMapについて
TimeMapには服薬の達成率もなければ、一回の飲み忘れでゼロに戻る連続日数もなく、服薬のリマインド機能もない——それを専門にしているアプリの代わりになろうとはしていない。服薬について残せるのは、ほかの何についても残せるのと同じもの——ある瞬間と、自分の言葉で書いた短い一言、好きなら色を添えて、その日のほかの出来事のとなりに置くこと。服薬について覚えておく価値があるなら、それは「飲んだかどうか」ではない——そこはリマインダーアプリがすでに持っている——実際にどんな様子だったかを説明する、その一文のほうだ。
飲み忘れを「失敗」として記録しなければと感じたときは、記録がそもそもそんな採点をしていないことを思い出してもいい。求めていたのはいつも、今日実際に起きたことについての一文だけであり、服薬についての一文も、今日起きたほかの何についての一文とも変わらない。