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ワークライフバランスが取れているか、どうすればわかるのか

ワークライフバランスが取れているかと聞かれて、たいていの人はひとつの感覚で答えます。それも、その週でいちばん辛かった日の記憶がもとになっていることがほとんどです。その感覚と照らし合わせるための、もうひとつの記録が手元にあることは、まずありません。だから、その感覚がそのまま結論として扱われてしまいます。何週間にもわたる傾向を尋ねているはずなのに、根拠になっているのは、直近のいちばん辛かった夕方ひとつだけ——考えてみると、これはかなり奇妙なことです。

その感覚は、もともと公平ではない

バランスについての判断は、たいてい週の終わりに下されます。つまり、その瞬間にいちばん声の大きい気分が決めることになります。金曜の夜9時までメールを返していたら、それだけで一週間全体が「バランスが崩れていた」と塗り替えられてしまいます。火曜と水曜が、ごく普通の何でもない日だったとしてもです。逆に金曜が早く終われば、本当は厳しかった月曜まで、なんとなくなだらかにされてしまいます。感覚は嘘をついているわけではありません。ただ、いちばん最近の出来事を報告しているだけです——感覚とはそういうふうにできているものであり、そしていちばん最近の出来事は、五日や七日をまともに代表するものではめったにありません。

数字に置き換えても、問題の形が変わるだけ

もうひとつよくある答え方は、測ることです。働いた時間と、休んだ時間を突き合わせ、あいまいな気分の代わりに割合に判断させる。これで「直近の出来事に引っ張られる」問題は解決しますが、代わりに別の問題が生まれます。休んだ時間が、働いた時間と同じ表の中に数字として並んだ瞬間、それは単に起きたことではなく、採点される対象に変わってしまいます。特に何をするでもなく静かに過ごした日曜の午後は、「余暇:3時間」と数えられて初めて意味を持つことになる——けれど、その午後を実際に過ごしていたときには、誰もそれを測ってなどいませんでした。休みが表に記録されたからといって、人はより上手に休めるようになるわけではありません。多くの場合、仕事ではなかった時間について、誰かに説明しなければならないような気持ちになっていくだけです。それはバランスというより、罪悪感に近いものです。

「バランス」は、もともと固定された割合ではない

この言葉は、水平に釣り合うべき天秤のようなものを連想させますが、実際の一週間はそんなふうには動きません。それなのに水平であることを期待してしまうのが、この問いを答えにくくしている大きな原因です。締め切り前の一週間は、仕事側に大きく傾く。それでいいのです。締め切り直後の一週間は、反対側に戻っていく。仕事が落ち着いている月は、家のことで忙しい月と隣り合うことで、どこかで釣り合っていくこともあります。どの一週間の割合を取っても、そのことは見えてきません。割合は、それが計算されたその一週間のことしか語らないからです。本来の問いは「今日は五分五分か」ではなく、「これはいつか釣り合うのか、どれくらいの期間で釣り合うのか」でした。それに答えるには、一週間だけの証拠では足りません。もうひとつ別の週の証拠と並べて見る必要があります。ひとつの数字ではなく。

この問いに本当に答えるのは、点数ではなく形

この問いを片づけてくれるのは、割合よりもずっと素朴なものです。実際の一週間——だいたい何をして、いつ過ごしたか——を、思い出すのでも計算するのでもなく、そのまま見られること。時間の割合ではなく、日々が実際にどんな形をしていたかだけです。本当に偏っていた一週間なら、数字などつけなくても一目でわかります。記録が一行また一行と、同じ色で、同じような数語で、来る日も来る日も続き、仕事以外のものがどこにも見当たらない。逆に、たったひとつの騒がしい夜のせいで偏っていたように感じていただけの一週間は、実際に並べてみるとまったく違って見えます。しんどかった木曜日の隣に、ごく普通の火曜日と、まずまずだった土曜日が並んでいる——それは、木曜日の記憶の形の中には、そもそも入る余地のなかったものです。

同じに感じていた二週間が、実は違っていた

これは、並べてみるといちばんよくわかります。「最悪だった、仕事漬けの一週間」として覚えていたものが、実際に書き出してみると、水曜の夜は特に何をするでもなく過ごし、土曜の朝は本当に何にも取られていなかった——それは確かにあった時間なのに、あとから振り返るときには、騒がしかった金曜の締め切りにかき消されていただけだった、ということもあります。「まあまあ普通だった」と記憶していた一週間が、書き出してみると、実は誰も気づかないうちに三晩連続で何かに食われていた、ということもあります。どちらも記憶だけでは見えません。けれど、実際に一週間を並べて眺めれば、いちばん声の大きかった一日があとから総括するのを待たなくても、すぐに見えてきます。

TimeMapについて

TimeMapは、これを点数には変えません。何をしていたかを一行書いて色をつける。あとから二つの期間を並べて、実際にどんな色だったかを見ることができます——先に割合が答えを決めてしまうことはありません。数字にならなかった日曜の午後を、誰も採点していません。

この問いの正直な形は「自分はバランスが取れているか」ではありません。それは記憶がもともと正確に出せない判決を求めることになります。むしろ近いのは、「先月は実際どんな月だったのか、いちばん辛かった一日にまとめさせるのではなく、目の前に並べてみたら」という問いです。これには、記録なら答えられます。感覚だけでは、これまでもずっと答えられなかったのです。