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TimeMap / ガイド

仕事の記録とプライベートの記録は分けるべき?

その発想自体は理解できる。仕事には仕事の言葉づかいがあり、重みがあり、時には誰かに見られる場でもあるので、専用の場所に置いておきたくなる。問題が表に出るのは数週間後、二つのうちどちらかが静かに書かれなくなったときだ。たいていはプライベートのほうが先に止まる。仕事にはもともと会議やタスクがあって、放っておいても目の前に現れてくれるが、プライベートの記録には、もう一つアプリを開こうと自分から思い出す瞬間が最初からなかったからだ。

分けるほうが誠実に見える理由

その理屈自体は間違っていない。長引いた打ち合わせのメモと、友人との夕食の記憶は、たしかに同じ一行には見えにくい。仕事用のツールは一つの語り口――プロジェクト、進捗、ステータス――のために作られていて、暮らしの出来事をそこに押し込むと、どうしても何かが削られたように感じる。だから一見いちばん整って見える案は、二つのシステムを持つことになる。仕事の形をしたものと、それ以外のすべてを受け止めるもの。

この案が静かに前提にしているのは、二つのシステムが同じだけ手入れされ続けるということだ。実際にはそうならない。仕事にはもともとカレンダーやタスク管理、会議が一日中つきまとっていて、専用の記録がなくても存続できる。プライベートの記録には、自分から開こうと思い出す以外、そこへ引き寄せるものが何もない。そして記録というものが本来存在する理由は、まさにその「思い出す」を要らなくするためだ。

二つに分けると、何が失われるか

一日は、二つのアプリが暗示するほどきれいに二分されているわけではない。長引いた取引先との電話は、ジムに行きそこねた理由であり、その晩なんとなく気分が沈んだ理由であり、夕食の席で誰かにきつく当たってしまった理由でもある。別々の記録に分けて書くと、その一連のつながりは消えてしまう。片方には「打ち合わせが延びた」とだけ残り、もう片方には「理由の分からない不機嫌」とだけ残り、その二つをつなぐ一文は、どちらにも存在しない。そして、そのつなぐ一文こそが、本当に役に立つ部分だった。

一つの記録にまとめて一年分を読み返せば、仕事がうまくいかなかった時期と、それ以外の何かがうまくいかなかった時期のつながりが、起きた順番のまま目の前に並ぶ。分けて記録したものを読み返すと、それぞれがより平坦な話になり、片方がなぜそうなったのかという理由を、もう片方が持たないまま残される。

本当の不安は、たいてい別のところにある

分けたくなる気持ちの下には、たいていもっと具体的で、もっともな不安がある。上司や同僚、誰かと共有する画面にプライベートな内容を見られたくない、あるいは私的な記録に仕事の報告のような言葉づかいを混ぜたくない、というものだ。これは「誰がその一行を見るか」という境界の問題であり、真剣に扱う価値がある。ただしそれは、その一行がどのアプリに住んでいるかという問題ではない。自分で選んだカテゴリーに分類し、誰かの前でそのアプリを開かないようにするだけで、この問題は解決する。二つのシステムをそれぞれ覚えて開き続ける必要はない。

物理的に分ける必要が本当にあるのは、思っているより限られた場合だ。チーム全体で共有する業務ログや、決められた場所に置く義務がある記録などがそれにあたる。ふつうの「仕事かプライベートか」は、これには当てはまらない。それは同じ一人の同じ一日を、二つの角度から書いているだけであり、その二つの角度に、それぞれ別の置き場所は要らない。

「仕事かプライベートか」より簡単な基準

その出来事がどちらの分類に入るかを考えるより、もっと素朴な問いを立てるほうがいい。今日、自分の身に起きたことか。予算が通った、友人から電話があった、締め切りが延びた、昼寝が長引いた――どれも同じ一人の同じ一日に起きたことで、その日の記録に属している。カテゴリー――仕事、家族、健康、どんな分類でもいい――は、あとから貼る色にすぎず、どちらの記録がそれを知る資格を持つかを決めるための境界線ではない。

TimeMapがここでできること

TimeMapが持つ記録は一つだけで、二つではない。分けるのはもう一つアプリを増やすことではなく、カテゴリーの色だ。長引いた打ち合わせと、行けなかった夕食は同じ一日の中に、起きた順番のまま並び、色を見ればひと目で区別できる。それでいて、二つをつなぐ一文を失うような形で別ファイルに分かれることはない。あとから読み返すときに見えるのは、その日実際に起きた姿であり、二つの中途半端な記録から組み立て直したものではない。

すでに仕事用のシステムがあるなら、それを置き換える必要はない。ただ、その隣に誰も開かなくなるプライベート版をもう一つ置いておく必要もない。色で分けた一つの場所は、「どちらの半分に属するか」で分けた二つの場所より、たいてい長続きする。