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TimeMap / ガイド

なぜ多くの人は計測アプリを2週間ほどでやめてしまうのか

まわりに聞いてみると、出てくる数字はだいたい似ている。10日、長くても2週間。そのあたりでアプリが静かになる。消されるわけではなく、ただ開かれなくなるだけのことが多い。ホーム画面にはさらに1か月ほど居座ってから、ようやく削除される。この現象は、見た目も価格も機能もまったく違うアプリの間で、同じように起きている。この一貫性こそが興味深い点だ。問題は特定のアプリにあるのではなく、この種のアプリすべてが毎日求めてくること自体にある、ということになる。

最初の1週間を支えているのは新しさであって、仕組みがうまく回っているからではない

入れたばかりの数日は、新しい計測アプリはたしかに快適に感じられる。その感覚自体は本物だが、測っているものが本人の思っているものとは違う。実際に起きているのは、新しい道具が単純に面白く、データがまだ新鮮で、普段なら無意識にやっていることに、意識的に注意を向けているということだ。意識的な注意は、しばらくの間、どんなことでも扱いやすく感じさせる。それは「タイマーを開始し、動いていることを覚えておき、止め、分類する」という一連の動作が、新しさが薄れたあとも続けられるかどうかとは、あまり関係がない。新しさは借り物であって、2週間というのはだいたいその返済期限にあたる。

「時間を記録する」はひとつの習慣に見えて、実は4つの作業だ

「時間を記録する」は一つの習慣のように聞こえるが、分解すると少なくとも4つの作業があり、それを一日に何度も行うことになる。それぞれに、うまくいかなくなる理由がある。

  • あることが実際に始まった瞬間にタイマーを押すこと。5分経ってから気づいて押すのではなく。
  • 数時間後、タイマーとはまったく関係のないことをしている最中にも、それが動いていることを覚えていること。
  • 適切なタイミングで止めること。別のことに切り替えてから20分も経ってからではなく。
  • そのすべての前に、どの分類やプロジェクトに属するかを決めること。頭の中で考えるぶんには簡単でも、作業の途中では意外と判断がつかない。

このどれか一つでも崩れると、そのシステムがそもそも作ろうとしていた数字自体が正しくなくなる。ランチの間もタイマーが動きっぱなしになっていても、何も音を立てて知らせてはくれない。ただ静かに間違った数字を出し続けるだけで、それはあとで気づいて、思い出して、手で直さなければならない。これが何度か続くと、そのツールは労力を減らしてくれるものではなく、もとの作業の上に積み重なるもう一つの仕事のように感じられ始める。

記録し忘れた一件は、空白ではなく「借り」になる

ここが、人がやめていく理由を実際に説明している部分だ。継続的な計測の上に成り立つ仕組みでは、押し忘れや止め忘れは許される小さな空白ではなく、きれいな1週間の途中に紛れ込んだ壊れたデータであり、壊れたデータは処理しなければならない。そこで昨日のタイムラインを開き、午後2時に何をしていたかを記憶から組み立て直し、だいたい合っているところで手を止め、申し込んだ覚えのない試験に落ちたような、かすかな気まずさを抱えたまま先に進むことになる。これが2、3回続くと、そのアプリ自体に具体的で小さな重さがまとわりつくようになる。誰かがそう感じさせようと設計したわけではなく、途中に穴のある計測ツールは、その論理上、穴を埋めるまでずっと壊れたままだからだ。

「何が起きたか」だけを記録する仕組みには、この問題がない。何も書かなかった日は、ただ何も書かなかった日というだけのことだ。それをもとに何かを計算するつもりが最初からないので、その日が欠けていても、誰も何も困らない。

やる気があってもなくても、機械的な作業の難しさは変わらない

この離脱を、本人のやる気のせいにする説明はよく見かける。意志が弱かった、続ける規律がなかった、本当はそこまで欲しくなかった、という具合だ。だが実際のパターンと照らし合わせると、この説明はあまり長くもたない。2週目でやめてしまう人は、しばしば1週目にいちばん熱心だった人たちでもあるからだ。分類を作り込み、プロジェクトに色を付け、オンボーディングの説明までしっかり読んでいた人たちだ。タイマーを開始し、止めるという機械的な動作は、その結果をより強く望んだからといって楽になるわけではない。良い体型を望むことが、走ることを膝にとって楽にしてはくれないのと同じだ。きれいな時間記録を望むことも、会話の途中で1時間前に動かしっぱなしのタイマーを思い出しやすくしてはくれない。

2週間を超えて残るものは何か

長く続く記録は、たいてい最初からバックグラウンドで何かを動かし続けてはいない。何をしているかを一行、思い出したときに書くだけなら、日を飛ばしても借りは増えないし、「開始」に対応する「終了」も要らないし、見ていない間に静かに狂うこともない。分単位では正確でなくても、その午後がどんなものだったかについては、まったく正しいということがありうる。それは毎日クリアすべきハードルとしてずっと低く、1年後もまだ続いていることを目指すものにとって、意味のあるハードルはそれだけだ。

TimeMapについて

TimeMapは、この低いハードルを意図して選んでいる。開始するタイマーがないので、動いていることを忘れる心配も、あとから組み立て直す必要もない。今何をしているかを一行書き、色をつける。それで一件の記録として完結する。ある日を飛ばしても、それはカレンダー上の空白であって、次の記録が成立するために先に埋めなければならない穴ではない。

2週間の崖は、意志の弱さについての話ではない。一つの道具が、一日のうちに何度も、ほとんどの日には出せないような精度を求め続けた結果の話だ。「何があったか」だけを尋ねる記録は、その天井にぶつからない。だからこそ、14日目ではなく400日目になっても、まだ動いている。