TimeMap

TimeMap / ガイド

タイマーを止め忘れると何が起きるのか

一つの作業のためにタイマーを動かし、電話や来客、長引いた昼食など別のことに気を取られ、すっかり忘れてしまう。数時間後にアプリを見ると、実際には三十分ほどだった作業に四時間二十分と表示されている。この数字は少し甘いのではない。もはや測定ですらない。あなたが別の場所にいる間、ソフトウェアがただそこに座って数え続けていた時間の記録にすぎない。

タイマーは「作業している」と「動いたままなのを忘れている」を区別できない

これは不具合というより、タイマーというものの根本的な仕組みを変えない限り直しようのない性質だ。タイマーはスタートを押した瞬間からストップを押す瞬間までの経過秒数を数えるだけで、その間に何が起きたかを知る手段を持たない。あなたが席を立ったことは見えない。「ちょっとだけ」のはずの電話が四十分になったことも、パソコンを閉じて夕食の支度に行ったことも見えない。わかっているのはただ、誰も止めろと言わなかったということだけで、だから律儀に、そして無意味に数え続け、実際には三十分だった作業を架空の四時間半に変えてしまう。

ばかげているのは、これが几帳面な人にも起こるという点だ。タイマーを止め忘れることは、だらしなさの表れではない。作業の自然な終わりが、ボタンを押すという判断のタイミングと重ならないときにはいつでも起きることであり、それはほとんどの場合そうだ。なぜなら大半の作業はクリック一つで終わるわけではなく、電話が鳴る、誰かが入ってくる、あるいは注意がことわりもなくどこかへ滑っていく、という形で終わるからだ。

直そうとすると、問題より厄介なことになる

暴走した数字に気づいたあと、真実に戻る道はもうない。あるのは「修正」を装った推測だけだ。実際にいつ手を止めたのかを思い出そうとする——二十分くらいか、四十分くらいか。それらしく感じる数字に丸めて入力し、先に進む。そうして間違った数字と入れ替えたその数字も、実は測ったものではなく、少し体裁のいい作り話にすぎないと、心のどこかではわかっている。これを何度も繰り返すうちに、記録全体が「実際に何が起きたか」ではなく「合計をそれらしく見せるために、あとからどんな数字を入力する気になったか」の記録になっていく。正確な数字を守るためだけに存在するはずのツールが、誰も測っていない数字で埋め尽くされてしまう。

動いている間、何の警告もない

この仕組みでいちばん厳しいのは、暴走したタイマーが何の合図もくれないことだ。一時間経ったところで「まだ作業中ですか」と優しく尋ねてくる仕組みはない。画面の隅で回り続ける小さな時計は、五分後も二百分後も見た目がまったく同じなので、たまたま目をやらない限り——そして動いていることを忘れた本人がそれをすることはまずない——ほかの何かが思い出させてくれるまで、静かに数え続けるだけだ。「離席検知」のような機能がわざわざ用意されているのは、この失敗があまりに頻繁に起きるため、それを事後的に拾い上げる機能カテゴリごと作らざるを得なかったからで、それ自体が、この基本設計そのものがこの間違いを誘っていることを静かに認めているようなものだ。

記録には、止め忘れる時計がそもそもない

この失敗の型は、あるものが存在して初めて起こる。それは、あなたが見ていようがいまいが数え続ける時計だ。それを取り除けば、間違いの起きようがない。記録は一行書いたときに数え始めるわけではなく、止めろと言う必要もない。そもそも何も動いていなかったからだ。何をしていたかを一行書く、それを思い出したときに書く、時間が経ったからといって誤差が積み上がることもない。三時間後に戻ってきて「電話が入って、そのまま午後が終わった」と書いても、何も失わない。あなたが見ていない間に静かに膨らんでいく数字はない。そもそも刻まれている数字がなかったからだ。

これは記録のほうが所要時間について正確だという意味ではない。正確であろうとすらしていない。ただ、この具体的で気まずい間違い方をしようがないだけだ。最初から所要時間を主張していないのだから。記録しているのは何をしていたかであり、それはその瞬間に書いても、一日の終わりに思い出して書いても変わらず成り立つ。

本当に正確な時間が必要な場合は

だからといって所要時間が常に無意味というわけではない。請求対象の仕事や、ペースを刻む必要のある運動、誰かがその数字を根拠にあなたと照合するようなことには、本物の時計が必要で、そこで暴走が起きるなら、リマインダーや離席検知、あるいは単に普段より頻繁に合計を確認することで、真剣に向き合う価値のある問題だ。しかし一日の大半は、誰にも請求していない。その部分にとって安全な道具は、最初から数えていなかった道具のほうだ。

TimeMapはその後者の道具として作られている。動いているかどうかにかかわらず、タイマーというものがそもそも存在しない。何をしているかを一行書き、色をつければ、保存した瞬間にその記録は完結する。あとで忘れられるような何かが、裏で動き続けることはない。

次にタイマーアプリが、明らかに四時間もかかっていないはずの午後を四時間として返してきたら、そもそもその数字から何を知りたかったのかを考えてみる価値がある。多くの場合、正直な答えは、ただその午後に何があったかを覚えていたかっただけであり、動き続ける時計はそのための道具ではなかった、というものだ。