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TimeMap / ガイド

アルコール摂取量も記録したほうがいいのか

飲酒記録アプリは、水やカフェインのアプリのようにただ数えるだけではない。採点までしてくる。今夜3杯、今週11杯、上限に近づくにつれてバーは緑から黄色、そして赤へと変わっていく。その上限を決めたのは自分ではない。だから今日の記録を書こうとすると、飲酒はすでに処理済みの項目のように見えてしまい、それ以上何か書くこと自体が余計に思えてくる。アプリはもう判定を下している。色つきの数字に、一文が何を付け加えられるというのか。

杯数には、最初から評価がついてくる

ここが水やコーヒーと違うところだ。水分補給アプリで4杯目を飲んだからといって、罪悪感を覚えさせられることはない。飲酒アプリはわざとそう作られている——赤いゾーンが存在する目的は、自分でその数字をどう受け止めるか考える前に、先に何かを感じさせることにある。この最初から評価がついた形は、記録が本来持つべき形とは正反対だ。最初から評価がついている記録は、もうその夜の本当の記録とは言えない。記録の姿をした通知表であり、そしてまさにそれが、人がいつの間にかそのアプリを開かなくなる理由になる。

記録に評価は要らない。正直でありさえすればいい。「グラス3杯、行きたくなかった仕事の飲み会」という一文は、杯数だけでは分からないことを教えてくれる。しかも、3杯が多かったかどうかについて、どちらの側にも立っていない。

数字は最初から面白い部分ではなかった

飲酒アプリは一つの問いにはきちんと答える——今のところ何杯飲んだか。しかもその答え方は、今夜が一か月前から楽しみにしていた誕生日会であっても、嫌なメールのせいで気づけば飲みすぎていた何でもない火曜日であっても変わらない。まったく同じ3杯という数字が、まるで違う二つの夜を表すことがある——一方はゆっくり味わう、お祝いの3杯。もう一方は、その日がつらすぎて、何も考えずに済む一番早い方法として急いで流し込んだ3杯だ。数字ではこの違いは分からない。もともとそのためのものではないからだ。

その違いを教えてくれるのは、もし書いてあれば、杯数の隣にあるほんの一言のほうだ——誰と一緒だったか、どんな夜だったか、自分で選んだ一杯だったのか、それとも思わず手が伸びた一杯だったのか。書く価値があるのはこちらであり、飲酒アプリの杯数集計には最初からその欄がない。

一回の飲みすぎた夜で分かること、分からないこと

いつもより多く飲んだと書かれた記録が一つあるだけでは、それほど多くを意味しない。誰にでも、明日には繰り返さない理由で予定より長引いた夜はある。一つの記録から結論を引き出そうとするのは、単独の一夜にトレンドの役目を負わせようとするようなもので、そこまでの重みには耐えられない。飲んだ夜についての一行が本当に役立つのは、次の一行、そのまた次の一行と並んだときだ。どの一晩を見ても見えてこなかった繰り返しが、そこで初めて見えてくる。

その繰り返しは、変える必要のないものかもしれない——特定の友人と会う夜はいつも2杯目に手が伸びる、というのは単にその集まりがいつもそういう調子だという事実にすぎない。あるいは気に留める価値があるかもしれない——一番調子の悪い朝は、いつも「気分が沈んで一人で飲んだ」と書かれた夜のあとに続いている。この結びつきは、どの一晩を単独で見ても浮かび上がってこない。正直な記録が少したまり、それを並べて見返したときに初めて見えてくる。理由を一切問わずただ足し算していくだけの週間合計では、何も見えてこない。

杯数ではなく、それがどんな夜だったかを書く

ある夜について残す価値があるのは、たいてい杯数ではなく、その隣にあるほんの一言だ。「あの電話のあとに必要だった、いつもより早いペースで飲んだ」と「盛り上がって数え忘れた、後悔はまったくない」では、まったく違う記録になる。どちらも杯数は要らないし、どちらも判定を下そうとしていない。価値はその文脈の中にすべてある——それはまさに、赤いゾーンつきの棒グラフが最初から持ち得なかった部分だ。

  • 正確な杯数は記録しなくていい。「今夜は何杯か飲んだ、息抜きが必要だった」だけで十分な記録になる。正確な杯数は、この一文以上のことを語らない。
  • 飲んだこと自体より、なぜ飲んだかを書く。「お祝いだった」と「今日のことを考えないようにしたかった」では、同じ3杯について違う事実を語っている。この違いのほうが、記録の中で役に立つことが多い。
  • 翌日に何かあったなら一言添える。 調子の悪い朝、逆に案外元気だった朝、前の晩の量にしては重すぎる頭痛——こうした細部が、後で読み返す価値のある記録にしてくれる。
  • 何でもない一杯は書かなくていい。 ほとんどの夜は、飲酒についての一行を必要としない。説明のいらない夜を書かなかったとしても、記録は何も失わない。

TimeMapについて

TimeMapにはアルコール単位を入力する欄も、週の上限を示す欄もありません。すべてがそういう仕組みではないからです。ある瞬間に一行のメモをつけ、好きなら色を添え、書いた時刻が残る。それで記録は完成します。にぎやかな飲み会も、家で一人静かに飲んだグラス一杯のワインも、会議や散歩とまったく同じ扱いを受けます——何かの上限に対して数えられるのではなく、ただ記録され、本当に大事な背景がその隣に置かれます。

飲み方や、なぜ飲むのかというパターンは、赤か緑かで採点された一晩だけで分かることではありません。正直に日付を残した記録が少したまり、あとから並べて見返したときに初めて見えてきます——それは、頭上に上限がぶら下がっていない状態で書かれた記録であり、たいていの場合、それこそが人が何かを正直に書き残せる唯一の方法です。