自分の生活が本当に変わったのか、どう確かめるか
引っ越した、転職した、しんどい時期をようやく抜けた——そのあとに、決まって同じ問いが浮かびます。本当に何か変わったのか、それともつらかった時期が直近だから、そう感じているだけなのか。たいていの人はこれを内省で答えようとしますが、内省はこの問いにはあまり向いていません。もっと確かな方法があり、しかも自分の感覚をそのまま信じる必要はありません。
記憶だけでは答えが出ない理由
「今年は去年よりよかったか」と今すぐ自分に聞いてみると、答えはすぐに出てきます。この速さ自体が怪しいところです。実際に答えているのは十二か月分の検証ではなく、今日の気分であり、それを過去に投影して結論の形にしているだけです。
記憶の圧縮は激しく、しかも均等ではありません。二か月前のつらかった一週間が、前後の穏やかな一か月より重く残ることがあります。理由は単に鮮明だったからで、鮮明さは代表性とは別物です。すでに自分の中にある物語——良くなっている、悪くなっている、変わっていない——も静かに編集作業をします。物語に合う細部だけが残り、残りはこぼれ落ちます。誰も嘘をついているわけではありません。記憶はもともとそういう働き方をするもので、「以前と比べて何が変わったか」に答えるようにはできていないだけです。
実際の記録を読み比べるとわかること
代わりにやるべきは、もっと正確に思い出そうとすることではなく、この問いを記憶に頼るのをやめることです。その時々に書き残した、後から手を加えていない二つの期間を、並べて読みます。今の自分が思い出している要約ではなく、まだ結末を知らなかった当時に書いた、その言葉そのものです。
ある変化の前の一か月と、後の一か月を並べて、同じ姿勢で読みます。先に何かを証明しようとせず、まず最後まで読み切ります。探しているのは結論ではなく、具体的で小さな違いです。毎週出てきていた名前が出てこなくなった。生活のある部分が、いつのまにか頻繁から皆無に変わった。一日のある時間帯の中身が、以前とは別のものになっている。そういうものです。
浮かび上がるのは、たいてい予想と違うもの
ここがこの作業を形だけのものにしない部分です。読み比べる前は、たいてい仮説を持っています。今のほうが人と会っている、今のほうが働きすぎている、もう落ち着いた——ですが記録は必ずしもそれを支持しません。新しい仕事が夜の時間を奪ったと思い込んでいた人が、記録を読み返すと逆の結果に気づくことがあります。出てくる名前は減ったのに、外出した夜の回数自体は変わっておらず、ただ相手が入れ替わっただけだった、というように。しんどい時期を抜けたあと何も変わっていないと思っていた人が、あるカテゴリーが三か月まるごと空白だったこと、そしていつのまにかまた埋まり始めていたことに、自分では気づかないまま出会うこともあります。
どちらの結果も、それ自体の良し悪しではありません。価値があるのは、自分がすでに信じていた物語を確認することではなく、自分の生活に意外を突きつけられることのほうです。記憶だけに頼ると、たいてい前者になります。
自分で読み比べるときのやり方
- 長さの近い二つの期間を選ぶ。一か月対一か月、一季節対一季節。一週間と一年を比べても、単位が持っている情報の種類が違いすぎて何もわかりません。
- 増えたものだけでなく、消えたものを見る。いちばん語ってくれる違いは、新しく出てきたものより、出てこなくなったもののほうです。名前、場所、カテゴリーが静かに消えるとき、それは自分から知らせてはくれません。探しに行く必要があります。
- 結論を出す前に、一度最後まで読む。特定の物語の証拠を探しながら読むと、それが本当かどうかにかかわらず何かしら見つかってしまいます。まず期間全体を読み、そのあとで中身を問い直します。
- 意外だったことを書き残す。この読み比べという体験自体も、他の記憶と同じようにいずれ薄れます。あとに残るのは、そのとき書き留めた二、三行だけです。
この方法で分からないこと
二つの期間を並べて読んでも、数字は出てきません。「以前より11%幸せになった」というようなことは分かりませんし、分かるべきでもありません。その種の精度は計測が担うもので、書き残した記録が担うものではなく、無理に求めれば一つの誤った確信を別の誤った確信に置き換えるだけです。それに、この方法は書き始めた日より前には遡れません。誰も記録していない期間とは比べようがなく、そこで頼れるのは結局、最初から当てにならなかった記憶だけです。そして、変化が良いものだったかどうかも、この方法は判断してくれません。何かが実際に動いたか、動いていないかを、正直に示してくれるだけです。
TimeMapが合計時間ではなく、一日ごとに開ける記録をカレンダーの形で残しているのは、これが理由です。実際に過ごした二つの期間を取り出して並べ、当時の自分の言葉を、後の自分の言葉の隣に置いて読める。記憶に採点させる代わりに。ここには計測も採点もなく、ただ書いたことが、模様が見えてくる場所に並べられているだけです。
次にあの感覚が浮かんだとき——何かが変わった気がする、あるいは何も変わっていない気がする——その場で答えを出そうとしないでください。それが本当に指している二つの期間を見つけて、読んでみてください。そこで分かることは、記憶がただで差し出してくる答えより、たいてい具体的で、たいてい意外なものになります。