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TimeMap / ガイド

二つより多い期間を、同時に比べることはできるのか

「今月は先月とどうだったか」——たいていの人がまず聞きたくなる問いで、それ自体は悪くありません。ただ、その答えは二つの点を結んだ一本の線にしかならない、ということに気づくまでの話です。二つの点は、どんな並びであっても必ず一本の線になります。線は、たとえ何も変わっていなくても、傾向があるように見えてしまいます。本当に知りたいのは、多くの場合、二つの月のあいだで何かが変わったかどうかではなく、それがまだ変わり続けているかどうかであり、二つの数字だけではそれに答えられません。

二つの点は、必ず自分自身と辻褄が合ってしまう

二つの数字をどんな順番で並べても、そのあいだに線は必ず引けます——上向き、下向き、あるいは平ら。これはあなたの生活についての事実ではなく、幾何学についての事実です。選んだ二つの月が本当の転換点の前後だったのか、それともただの普通の落ち込みの両側にたまたま位置していただけの、まったく無関係な二点だったのかにかかわらず、この線は同じように描けてしまいます。大変な月のあとに楽な月が来れば、二点だけを見れば「立て直した」ように読めます。ですが同じ二点は、次にもう一度大変な月が来ても最初と同じ形に見えていたはずの、ただの一時的な谷だったという可能性も同じくらい示してしまいます。二つの点だけでは、このどちらなのか見分けられません。見分けられるのは、三つ目の点だけです。

三つ目の期間が、実際に何を決めてくれるのか

もう一つ期間を加えると、線は形になり、形は直線が運べない情報を運びます。新しい仕事の最初の三ヶ月——大変、少し楽、また大変——は、大変、少し楽、さらに楽、という三ヶ月とはまったく違う話です。最初の二ヶ月だけを見れば、どちらの版でも同じに見えるのに。前の月とだけ並べれば、中間の少し楽だった月は、いちばん大変な時期はもう終わったと思わせます。後の月と並べれば、それは足踏みだったのか、たまたまの一時的なものだったのか、あるいは本当の転換点だったのかがわかります——最初の二ヶ月だけでは、どれだけ丁寧に比べても、その違いはわかりませんでした。

記憶が消してしまう真ん中の期間も、残しておける

記憶には、ひと続きの経過を二つの状態だけに圧縮してしまう癖があります。始まったときはどうだったか、そして今はどうか。その間にあったものは「そこからここまでの過程」というひとまとめの説明に吸収されてしまいます——きれいな話ですが、多くのものを取りこぼしています。始まりを覚えている一月と、今まさに過ごしている三月のあいだにある二月は、ほとんど丸ごと消えてしまいます。二月に何もなかったからではなく、記憶は新しい「今」ができるたびに、両端だけを残して古いほうを置き換えてしまうからです。三つ以上の記録された期間を並べて見ることは、二月を「だいたいそのあたり」に片づけてしまうのではなく、実際に読めるものとして取り戻せる、数少ない方法の一つです。

それでもできないことは、できないままです

点が増えれば傾向を正直に見やすくなりますが、それで原因が証明できるわけではありません。良くなっていった三ヶ月を並べれば、何かが変わったことはわかります。ただ、その期間に同時に起きていた他のいくつかのことのうち、どれが効いたのかまではわかりません——書き残された一行には、あとからそれを解き明かせるほどの理由は、たいてい残っていないからです。書かれていないものには、やはり頼れません。記録が何もない月は、実際に何が起きていたとしても、この形には何も加えてくれません。期間を増やして手に入るのは、より実際に近い形であって、「なぜ」への答えではありません。

TimeMapについて

TimeMapの比較画面は、二つの期間だけを前提にしたつくりではありません。三つ目、四つ目の期間を加えて、一組ずつではなく並べて読むことができます——足踏みだった月を比較から外してしまうのではなく、他の二つの月の間に置いたまま見ることができます。長さを測ったり、傾向に点数をつけたりはしません。実際に書き残したものを、見たい数だけ並べて出すだけで、そこから何を読み取るかはあなた次第です。