AIによる日々の振り返りは、実際に何を教えてくれるのか
一ヶ月分の一行日記は、それだけ見ても大したものには見えません。三十個ほどの短い断片で、つながりもはっきりしません。あとから全部読み返してパターンを探す、というのは誰もがやろうと思ってなかなかやり切れない作業です。三十日分を同時に頭に置いて、そこに繰り返し現れるものに気づく、というのはもともと注意力が得意な仕事ではないからです。AIが一定期間のログをまとめて読むことで補えるのは、まさにこの部分です。書くのはあなたの代わりにはしません。感じることもしません。ただ全部を一度に見て、それが合わさって何になっているかを、淡々と言葉にするだけです。
読み返しただけでは、パターンに気づきにくい理由
一ヶ月分のログを読み返すと、目に入るのはいちばん強く印象に残っている部分だけです。大変だった一週間、あの出張、何もかもうまくいかなかった数日。注意というのはそもそもそういう働き方をします。目立つ日には重みがつき、普通の日は流れて消えます。ところが本当のパターンは、その普通の日々のほうに潜んでいることが多いのです。静かな水曜日が三回続けて同じカテゴリだった、三月は毎週出てきた名前が四月には一度も出てこない——こうしたことは、一件一件を見ているだけでは目立たないので、自分で読み返しても気づけません。
注意が足りないわけではありません。パターンが多くの日に薄く広がっているのに対して、人の注意はどれか一日で際立ったものにしか反応しないという、噛み合わせの問題です。
まとめて読むと見えてくるもの
一日ずつではなく、まとめて読むことで見えてくるものがいくつかあります。
- 繰り返し出てくる、あるいは急に出てこなくなった名前。一件一件が目立っていたわけではなく、三十件中九件に登場していたのに、翌月は一度も出てこない、というかたちで現れます。
- 膨らんでいく、あるいは減っていくカテゴリ。週に二回だった色が毎日になっている、毎日出ていた色が三週間出ていない。
- 繰り返し出てくる言葉。感情のスコアではなく、単純な繰り返しの事実です。同じ言い回し、同じ不満、同じ場所が、偶然では片づけられない回数出てくる。
- 二つの期間の、実際の違い。大変だった月と、比較的楽だった月を並べて、何が変わったのかを読む。どちらも「感覚」に頼ると、たいてい一番つらかった一日の印象に引きずられます。
これは予測でも評価でもありません。「今月それ、もう三回目だよ」と言ってくれる親しい友人に近い働きです。ただしその友人は三十日間ずっとそばにいたわけではなく、あなたはずっとそこにいたのに、それでも気づかなかった、という違いがあります。
AIにわからないこと
読めるのは、書かれたものだけです。記録のない日はただの空白であって、データではありません。感じてはいたけれど言葉にしなかったことは、あとで読む人にとって——数ヶ月後のあなた自身にとっても——存在しないのと同じです。「チームと長い電話」とだけ書いてあって、その電話がうまくいかなかったことが書かれていなければ、あとからその部分だけを取り戻す手立てはありません。
裏付けを取ることもできません。夜十一時、半分眠りながら書いた一行が、その週の大変さを実際より軽く書いてしまっていたら、そこから読み取れるパターンも軽くなります。ログの振り返りは、ログ自体の正直さを超えることはありません。これは振り返りを疑う理由ではなく、ふだんから素直に書いておく理由になります。
読み返しの代わりにはならない、どこを読み返すかがわかる
だからといって、要約だけ読んで元の記録を飛ばしていい、という話ではありません。指摘されたパターンは、それが出てきた具体的な一行、具体的な夜まで、あらためて読みに戻る価値があります。まとめて読むことが変えてくれるのは、どこを読み返す価値があるかです。何か目に留まることを期待してあてもなくスクロールする代わりに、すでに何かが見つかっているぶん、どこを見ればいいかがわかっています。
TimeMapについて
TimeMapのAIによる振り返りが読むのは、まさにこの種の記録です。短い一行、時刻、カテゴリの色。フォームに埋める項目はありません。ある期間を指定すれば、その数週間を通しで読んだ人がなかなかできないやり方で読み込み、繰り返し出てきたものを返してくれます。名前、変化した色、前の期間とは違って見える一区切り。読むのはあなたが実際に書いたことだけです。代わりに書くことはしませんし、それについてどう感じるべきかを教えることもしません。