TimeMap

TimeMap / ガイド

読んだ本は記録に書くべきか

最後のページを閉じると、アプリはもう星をつける準備を終えている——評価欄、どの本棚に移すか、今年何冊読んだかの数字まで、すでに用意されている。夜に今日の記録を書こうとして、その本のことを書くかどうか迷った瞬間、映画やお金のときと同じ疑問がよぎる。アプリにはもう全部あるのに、記録に書き足すことなど残っているのだろうか。

一覧はすでに存在していて、しかも自分で再現するより正確だ

読書アプリはまさにこのために作られている——タイトル、読み始めた日、読み終えた日、ページ数は勝手に増えていく。そのどれも記録の助けを必要としない。「みんなが勧めていたあの本を読み終えた」と書くこと自体は間違いではないが、新しい情報を何も足していない。アプリにはすでにその一冊があり、日付も付いていて、今年の冊数にも自動で数えられている。記録が読書履歴を作り直そうとするのは、ほかのものがすでに無料でやってくれている仕事を、記録にやらせているだけだ。

星の数は、読んでいた時間の記憶ではない

アプリが語れないのは、その本が実際に生活の中で何をしていたかだ。それを手に取ったのが、誰かとの関係が変わる直前に勧められたからだということも、眠れないから最後の百ページを一気に読んだことも、半分まで読んで二か月放置し、また戻ってきたときには自分が変わっていて、最初の週とは違う読み方で読み終えたことも、アプリは知らない。星の数は一つの質問——気に入ったか——にしか答えず、そこで終わる。なぜその時にその本が必要だったのかについては、何も語らない。

タイトルだけでは残せないもの

「あの本を読み終えた」という一言は、それが葬儀に向かう飛行機の中で読んだ本だったことも、読み終える前からもう人に勧め始めていたことも、最後の章を電車の中で読みながら泣いてしまい、本を閉じて窓の外を少し眺めなければならなかったことも知らない。一文にはタイトルが残せないものが残せる。ベランダで読み終えた、一人で、ここ数週間で初めての静かな午後だった。星をつけるより数秒よけいにかかるだけで、あとから読み返して意味を持つのはこの一文だけだ。

読んだ本の大半は書かなくていい

だからといって、すべての本に一言必要になるわけではないし、読書が記録の中に専用の区画を持つ必要もない、アプリの中でひとつのアプリ全体を占めているとしても。一冊の本も、散歩や電話と同じように記録すればいい——書く価値のあることがあるときだけ書く。悪くはなかったが、読み終えて特に何も感じずに次に移った本は、本棚を完結させるために書く必要はない。何も残さなくても構わないし、それで記録が嘘になるわけでもない。

本当に一文の価値があるとき

その一文は、本当に何かと絡み合っていた本のために取っておく。誰かが本当に大切な存在になる少し前に贈ってくれた本、すべてが崩れていた時期に読んでいた本、三度挫折してようやく何年も経ってから読み終えた本、思ってもみなかったことについての考え方を変えてしまった本。そうした記録こそが、数か月後にまわりで起きていた出来事と並んだとき、まだ意味を持つ。本そのものが特別だったからではなく、それを読んでいた時期に何と絡み合っていたかを覚えているのが、記録だけだからだ。

TimeMapについて

TimeMapには本を分類する本棚も、つける星もなく、今年何冊読めば「記録された」と数えられるかという基準もない——記録するものが何であれ、かかった時間を追わないのと同じように。TimeMapが一冊の本に与えるのは、ほかのすべてと同じもの——一つの瞬間、短いひとこと、色のカテゴリ、そして書いた瞬間に刻まれるタイムスタンプだ。その裏で、代わりに数えてくれる本棚は何もない。

読んだ本の一行が、読書アプリがすでに覚えているからという理由で書かずに飛ばす項目になっているなら、思い出してほしい。記録はもともとその本棚と張り合っていたのではない。求めているのは一文だけで、ある本についての一文は、今日起きたほかの何についての一文とも変わらない。