TimeMap

TimeMap / ガイド

記録の中から、ある人に関することだけをあとから探し出すには

しばらく会っていない人にもうすぐ会うので、あるいはその人にカードを書こうとして、あるいは単にこの一年その人とどう過ごしてきたのか思い出したくて、記録を開きます。そこで気づきます。この記録は、そもそもそういう探し方のために作られていません。並んでいるのは日付の順で、探したいのは人の順です。

記録は一方向にしか流れていない

どの一行も、それを書いた日付の場所に収まっていて、最初の一行から今日まで一直線に並んでいます。この並びは「この日に何があったか」という問いには一番向いていますが、「この人との間に何があったか」という、同じくらい自然な問いには向いていません。日付順のまま後者を探そうとすると、興味のない何か月分も読み返して、そこから欲しい数行だけを拾い出すことになります。この手間の大きさゆえに、たいていの人はそこまでせず、記憶が勝手に差し出してくる答えで済ませてしまいます。

記憶もこの用には向いていない

試しに、この一年である友人とどんな話をしてきたか自分に聞いてみてください。答えはすぐ出てきますが、それはほぼ確実に、印象に残った二つか三つの会話にすぎません。すでに忘れてしまった十数回分の会話の代わりに、その二、三回が立っているだけです。記憶が人を保存する仕方は、台帳のような仕組みとはまったく違います。直近のもの、あるいは感情が大きく動いたものだけを残し、残りは静かに捨てていきます。だから記憶が差し出す「その人についてのすべて」は、実はハイライト集で、カードや実際の会話が本当に必要としている、ふだんの続いている部分がちょうど抜け落ちています。

名前は頭の中でなく、文の中に書く

その人の名前が一度も実際に書かれていなければ、この先の話は成立しません。「友達とご飯」と書いた一行は、あとからその友達の名前で探すことができません。どこにも名前が書かれていないからです。この先すべてを可能にする唯一の習慣は、実際にしたことをそのまま書くのと同じように、実際の名前を文の中に書くことです。その場でひと手間かかるだけで、あとから名前をたどって集められるものに変わります。

日付順の断片が、人物ごとに探せるものに変わる仕組み

名前が本当に文の中に入っているなら、次に要るのは記録を横から見る方法です。いつ起きたかではなく、誰についてのことかで見る方法です。TimeMapには、自分の記録に繰り返し出てくるタグを集めたスフィアがあり、これがまさにその役目を果たします。何度か使った名前はタップして辿れるものになり、間に何か月あろうと、その名前が出てくる日をひとつずつ手繰らずに、まとめて呼び出せます。

実際に集めてみると出てくるもの

ある人についての記録をわざわざ集めるのは、たいてい何気ない理由からではありません。再会の前、誰かを失ったあと、その人のことをきちんと覚えておきたいという思いからです。そして集めて出てくるものは、たいてい予想とは違います。記憶の中では薄い付き合いだったはずの友人が、実は一年を通して小さく温かい記録が点々と残っていたり、ずっと変わらず親しかったはずの相手との間に、誰も気づかなかった空白の期間があったりします。一番多く出てくる名前も、最初に予想した人とは限りません。すべてを一度に並べて見ることで、記憶がひそかに編集していたハイライト集が正される感覚があります。

それでも取り戻せないもの

集められる記録は、実際に書いたものだけです。一度きり、通りすがりのように名前を出しただけの日は、あとになってその日がどれほど大事だったとわかっても、多くを語ってはくれません。だからといって毎日すべてを書こうということではありません。ほとんどの日はそこまで要りません。ただ、大事だと感じる日には、ほんの一言でも名前を添えておく価値があります。その場で書いた一行は、あとからどれだけ思い出そうとしても敵わないほどの価値を持つからです。

記憶は、ある人をまるごと差し出してはくれません。でも記録なら、その人の名前が実際に書かれていて、日付ではなくその名前を辿っていける仕組みさえあれば、それができます。